そこへ通りかかったジョーンズが頼みごとをしに,ラジオの音に負けじと何度かスペイン語で話し掛けたら,ようやっと気付いたおじいちゃんはラジオを止めて,
スペイン語は判らねぇ
 英語で応へます。問わず語りに楽しげに云うことには,
「ラジオが好きでね! 云ってることは判らんが,スペイン語は響きがいい!」
 いいぞ! じいちゃん! で,さらに二言三言交わすうちにフト眉をひそめて,
「‥死臭がするぞ」
「鹿を撃ったんだ。運んでるところさ」
「捨てちまった方がいいな,もういい加減腐ってるんだろう」
「皮だけでも欲しいんでね,保存用に塩でもあったらと‥」
「ないなぁ」
「アルコールは?」
「いいや――不凍液ならどっかにあるが,役に立つかね?」
 ジョーンズは,すっかり黒ずんだエストラーダの口にホースを突っ込んで不凍液を流し込み,遺体に語りかけます。
「これでもうアリに食われないぞ」
 そ,そうなんだ‥

 この前段で,夜営のときエストラーダの遺体を袋から出して,生きてる人間よろしく焚き火の前に座らせていたのですが,そばで寝(させられ)ていたペッパーが,腐臭に耐えかねて飛び起きて遺体の方を見るや,
「おい――おい,あんたの友達がアリに食われてるぞ」
 跳ね起きたジョーンズは慌てて遺体の顔にたかるアリを払い落とそうするものの,うまく行かないし埒もあかない。で,ウィスキーだか何だかを遺体に振り掛けて火を点けてアリを追い払ったり,悲哀と滑稽が肩を並べてます。

 ――話を戻して,彼らはついでに食事もご馳走してもらいます。おぼつかない手付きでよそわれた雑炊のようなものを,ペッパーは早速掻き込もうとするのですが,おじいちゃんがお祈りを始めたので,2人ともそれに付き合ってから再び食事開始。お約束の情景が嬉しい。
 台詞はうろ覚えですが,おじいちゃんのプロフィールを聞いてみようと云う感じで,
「ずっと独りか?」
「息子が月に一度色々届けてくれる」おじいちゃんは気楽そうに続けて,「最後に来てから半年経つがな」
「――食べ物は?」
「まだ蓄えはある」
 おじいちゃんはあくまで陽気そうですが,これは如何にも雲行きが怪しい。
 そんなこんな,初老のカウボーイ(ジョーンズ)と,死体となって久しいその友人メキシコ人カウボーイ(エストラーダ)と,友人カウボーイを誤射で死体にした国境警備隊員(ペッパー)と,孤独で盲目のおじいちゃんは,色々世話になっただのいやいやとんでもないだの,和やかにお別れをすることになるわけですが,しかし別れ際におじいちゃん,
「ひとつ頼みがあるんだが――」
「なんなりと」愛想よく応じるジョーンズ。
儂を殺してくれんか
 やはり,飢え死にを待つよりは,と云うことのようで,
「自殺も考えたが,神の教えに反するんでな‥これが一番いい方法なんだ」
「そのうち息子さんが来るさ」と気休めジョーンズ。
「息子は癌なんだ」
 とどめ。
「一緒に住もうと云ってくれたが‥儂はここがいいんだ――あんたらはいい人間だ,頼む」
「それも神の教えに反するよ,済まないが‥」
 このような遣り取り(繰り返しますが台詞はしっかりとは覚えてません)の後,彼らは別れます。

 その後,ジョーンズ一行はメキシコへの険しい山道や砂漠をエッチラオッチラ。途中で逃げ出したペッパーは蛇に咬まれ,ジョーンズが見つけたときには虫の息。たまたま出くわした不法入国のメキシコ人に,治療師の居るところまでの案内を頼んでいよいよ越境。‥このメキシコ人はせっかく越えた国境をもう一度またぎ返すわけですか。で,その治療師と云うのが,なんで鼻をテーピング(?)してるんだろうと思ったら,以前国境を越えようとしたところを公務中のペッパーに殴り倒された女性でした。渋々と治療を引き受けた彼女のお陰でペッパーはやがて回復するのですが,治ったところで彼女はコーヒーポットで思い切りブン殴ります。あとでみんなでトウモロコシの皮むきをしてるとき,ペッパーの鼻もテーピングしてありました。

 ――そんなこんな色々とあるその合間のどこかで舞台は再びあの一軒家。家の周りをヘリが舞い,四輪駆動車が何台も押し寄せます。隊員を拉致したジョーンズを追う国境警備隊。おじいちゃん再登場。さしもの大音量ラジオもこれではよく聞こえない。「天地創造からこっち,この谷がこんなに賑やかになったのは初めてのこったろうよ」と,このおじいちゃんなら内心で思ってそうです。以下,ヘリの爆音に負けじと大声での会話:
「最近,ここを誰かが通るのをかけませんでしたか?!」
「儂はここ30年来何も見かけちゃいねぇ!」
 そう云えば目の周りに傷があったような。事故でしょうかそれともベトナム辺りでしょうか。
「失礼――それらしい物音を聞きませんでしたか?!」
「‥メキシコ人は通ってないな!」
 ここでもう,ジョーンズを追っているのだろうか,と何となく思いついてるフシもありますが,メキシコからの不法入国者を取り締まるのが国境警備隊の主な仕事なので,この答えはそんなに不自然じゃありません。ちなみに嘘でもない。もちろん正確には“生きたメキシコ人は”とすべきところ,でもこれはおじいちゃんの知る由もないことで,ここまでは彼は天使のように真っさらです。しかし――
「我々が捜してるのはメキシコ人じゃないんです!」
「いいや!――誰も通っとらん!」ここではっきり嘘を。
確かですか?!」
確かなもんか! そう思うってだけだ!」
 盲目を逆手に取って云い抜けます。しかし,目が見えてたって何も見ていないことは人間まゝあります。どうにも居心地の悪いダイアローグが素敵すぎ。そして,別の場所を捜索しようと移動する間際,警備隊長は最後に一声,
「何か入り用なものはありますか?!」
「いや,特にない!
 ――ないわけあるか! 孤独の谷を襲った喧騒はジョーンズを求めて去って行き,再び静寂。降って湧いたような友情に添って気骨オトボケを示したおじいちゃんは,この後遠からずきっと誰にも見取られずに飢え死にする‥んでしょうかどうなんでしょうか‥

モドレ